鳴らない電話


<04.カウントダウン>

 部屋の窓を開け放ち(いつハトが来てもいいように、引き出しの中にはご褒美のビスケットまで用意した)、郵便屋さんのバイクの音を気にしながら一日を過ごす。
 気晴らしをしようと午後に散歩に出かけたが、心に広がった雨雲は、ちっとも晴れなかった。立ち読みをしていても、洋服や小物を見て歩いても、いつも頭の隅で携帯電話を気にしている。

 サティのメロディが鳴るのを待っている。

 太陽が遠くの家々の間に落ちていく頃。
 待っているのはもう嫌だと自分から電話を掛けようとした。……が、携帯の画面に表示された彼の名前と電話番号を見た途端、自分の中のツマラナイ意地や臆病な気持ちが邪魔をして、取り消しボタンを押してしまった。

 私はいつから、こんな意気地のない、人間に成り下がったのだろう。
 何が私を、こんなに嫌な人間にしたのだろう。

 今日も電話が無かった。

 私はもう、彼にとって無価値な人間なのかも知れない。
 頭に浮かんできたそんな考えを振り切るように、私は机の上に置いた電話をじっと見つめた。
 昼間は練習で忙しくて、連絡するヒマがなかったのかも知れない。夜になったら電話はきっと鳴るだろうという、根拠の無い希望にしがみつく。

 夜十一時を過ぎても、電話はウンともスンとも言わなかった。

 本を読んでいても、課題をやっていても、私は携帯電話を気にしている。

 十二時二十五分。

 家族はみんな寝てしまい、家の中は静まり返っている。
 私は、机の上の携帯から目を離し、壁にかかった時計を見上げた。再度携帯に視線を戻し、ため息をつく。
 彼も今頃は、夢の中だろう。
 もう、サティのメロディが鳴ることは無いのかも知れない。
 あと五分待ったら諦めようと、私は携帯を握り締めた。

 一分。
 どうして、あんな事を言ってしまったんだろう。

 二分。
 つまらない意地など、張らなければ良かったのに。
 自分から、彼の電話を鳴らせば良かったのに。

 三分。
 花火なんて、どうでも良かったのに。
 二人で仲良く話が出来れば、それで十分だったのに。

 四分。
 会えなくてもいい、声が聞きたい。
 こんな簡単なこと、どうして分からなかったのだろう。

 時計の長針が、真下に下りる。
 私はため息をついて、電話を机の上に置いた。

 寝る仕度をしようと椅子から立ち上がったとき、電話がぴくりと動いた気がした。

 次の瞬間。

 懐かしい音楽が、私の耳に届く。

 『ジュ・トゥ・ヴ』のメロディに合わせて、私の心は大きく高鳴った。


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