大魔王からの招待状

<5.彼女を仲間に紹介します>

 楽屋の前に来ると、男は空いた手でドアのノブをがちゃりと回した。

「さあ、聡子ちゃん」
 促されて足を踏み入れた部屋の中は、汗と整髪料の匂いがした。中央のローテーブルの回りに二人、化粧台に一人。皆、思い思いにくつろいでいて、一仕事終えた芸能人というよりも、クラブ活動後の高校生のような印象を受ける。

「あー、慎、お前今日の晩メシ何が良い?焼き肉か焼き鳥か焼きラーメンで」
 せっかく東京から遠く離れた所に来たというのに、焼き鳥とは。食べ物が美味しいと有名なこの地方には、名物料理が沢山ある。それを差し置いてなぜ焼き肉なのか。ラーメンだって、焼いたらただのトンコツ味の焼きそばになってしまうではないか。
「焼き物ばっか・・・」
 聡子が思わず小声でツッコむと、それまでバラバラな事をしていた三人が同時に振り返った。六本の視線が、一斉に聡子に突き刺さる。
「えっと、この子は……」
 一体どうしてただの女子高生が、こんな所にまで入り込んでいるのか。そう言いたげな顔の三人をよそに、慎二はえへんと胸を張ると聡子を前に押し出した。
 「えー」
 わざとらしく咳払いをする。慎二はもったいぶった口調で言った。
「彼女は小島聡子ちゃん。俺の声の恩人。んで、今は」
 にたりと笑うと、慎二は聡子の肩をぐいと自分の方へ引き寄せた。突然の事にバランスを崩した聡子が、慎二の胸に後ろ向きに倒れこむ。
「ちょっ……山田!」
「俺の彼女」

 歌うように発せられた慎二の言葉に、部屋の空気は凍りついた。爆弾発言とはまさにこのことだ。上機嫌の慎二の腕の中で、聡子は顔を青くした。他の三人の様子を窺うと、思考停止状態に陥ったらしく、完全に固まっている。

 それはそうだろう。女子高生と人気歌手が恋に落ちるなんてありえない。今時安っぽいドラマでだってもう少しマシな話を考えるだろう。聡子だって、当事者でさえなければバカらしいと笑い飛ばすところだ。
 やはり不自然なのだと考えると、胸の片隅がまたとくんと痛んだ。以前からよく分かっている事実に動揺するなんて、今日の自分はやっぱりどこかおかしい。

「……小島です」
 恐る恐る頭を下げると、化粧台の脇にいた男性がどうもと返事を返してくれた。ようやく頭の働きが戻ってきたらしい。
「こちらこそよろしく。俺は望月瑛太」
 瑛太と名乗ったその男性は、バンドのリーダーでギター担当らしい。作詞作曲も担当しているんだ、と慎二がそっと耳打ちしてくる。
 「こっちの青いシャツ着てるのが葦原陽平、坊主なのが筧武人」
 瑛太の紹介に促されるように、ローテーブルのところにいた二人もぺこりと頭を下げた。

「ところでさ」
 陽平と言われた男性がソファから立ち上がると聡子たちの方へ歩いてきた。
「聡子ちゃんって、高校……」
「三年です」
 再び、短い沈黙が落ちた。武人が手の中の碁石をテーブルに置き、指を折る。
「慎がいなくなったのが、一昨年の冬だから……高一?」
「シーンーーーーっ」
 高低様々な三つの声が、一斉に部屋の中に響いた。陽平が、慎二の胸倉をむんずと掴む。
「お前何した!?何やらかした!!」
「いい歳して女子高生たぶらかしてんじゃねえ!!」
 飛び交う罵声と、トレーニングマシンも驚くほどの勢いで揺さぶられ続ける慎二。
「あの……ちが……」
 聡子の制止の声も三人の耳には入らない。
「今までどんだけの芸能人が、未成年との淫行で破滅したと思ってんだぁ!!」
「いっ……!?」

 どうやら自分は、とんでもない誤解をされているらしい。聡子は軽い眩暈を覚えた。

「しかも高一年相手に!二年間も関係をキョーヨーするなんて、恥を知れ!恥を!!」
「訴えられる前に早く足洗え!誠心誠意謝れば、親御さんにも許してもらえる!」
「ぎゃあああああ、不潔だー」
「うっさい!!」
 ようやく陽平の腕を振り解いた慎二が、咳き込みながら叫んだ。
「不潔なのはお前らの頭ん中だ!」
 本気で憤っているらしいその声に、三人はぴたりと大人しくなった。慎二は、手を伸ばして、再び聡子を自分の手元に引き寄せる。

「あのねえ、俺と聡子ちゃんはそんなんじゃないんだって!まだ!」
 『まだ』?
 最後の一フレーズに眉根を寄せる聡子をよそに、慎二は誇らしげに宣言する。
「聡子ちゃんは、俺に手術を受ける決心を付けさせてくれた恩人なの!!半年くらい前に再会して付き合い始めたけど、そこらの高校生よりキヨイカンケイだから!何たって、まだキスしかしてな……」
「山田ぁぁぁっ!」
 それ以上喋るな、お願いだから。聡子は、つらつらと語る慎二の足を思いきり踏みつけた。耳まで真っ赤に染めて、よろけた慎二のシャツを掴む。
「痛っ……、何するの聡子ちゃん」
「それはこっちの台詞よ!何でそんなことまで言うわけ!?信じられない!!」
「俺はただ、誤解を解こうと思って……」
「解きようってものがあるでしょう!!」
 ぎゃあぎゃあと喚く聡子とそれを必死で宥める慎二。
「俺たちの心配って、無駄だった……?」
 痴話喧嘩以外の何物でもない二人の様子を遠巻きに見ながら、瑛太たち三人は誰からともなく溜息をついた。


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