テトリスゲーム

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 駅前の電光掲示板の下、約束の時間五分前。
 私は、駅の外壁に据え付けられた大きな時計を見上げて息をついた。
 午前十時前の初春の空気はまだ冷たく、吐く息が朝日に白く光って見える。

 平日の待ち合わせは午前十時。
 彼と私との暗黙のルールだ。

 このルールに例外は無い。
 雨の日でも雪の日でも、夜遅くまで話し込んだ次の日にも、私は電車に乗り、この電光掲示板の下に来る。ある時は楽しい一日を思い浮かべて口元を緩ませながら、ある時は前の晩に受話器越しに聞こえてきた彼の怒鳴り声が頭の中から消えないまま、電車の揺れに身を任せる。
 僅かに腫れた目を気にしながら、彼に会うためにここに来る。

 私は掲示板前の広場の真ん中から、ぐるりと辺りを見渡した。彼の姿は、まだ無い。
 「・・・・良かった、まだ来てない」

 マタサレルノガキライな彼は、約束した時間を一分でも過ぎると途端に不機嫌になる。彼より早く待ち合わせ場所に着いた事に安堵しながら、私は植え込みの側にあるベンチに腰を下ろした。お気に入りのピンクのマフラーに顔をうずめる。少し不気味だが、こうすると首や口元の熱が逃げず、とても暖かいのだ。

 バックの中をゴソゴソと探って、取り出したのは携帯電話。三月の空のような淡い青と、手のひらにすっぽりと収まる程よい大きさと丸みが気に入って、もう一年以上使っている。
 私は目の前のバス乗り場(彼はいつも、バスに乗ってここに来る)を気にしながら、携帯電話のボタンを押して、ゲーム画面を呼び出した。
 彼からの電話やメールにすぐに反応できるように、常に携帯を気にするようになった私の一番の暇つぶしの手段。元々機械の中に入っていたゲームで、様々な形のブロックを横に並べて消すだけの単純なものだが、これがなかなか面白い。 どのブロックをどのように積み上げたら一度に沢山の列を消せるか考えながら、次々に降ってくるブロックの向きを変え、位置を変えて積んでいく。

 テトリスゲームは、恋に似ている。
 一つ一つ隙間無く、色々なものを積み上げていかなければいけない。


 一緒に見たクリスマスツリー
 喧嘩、泣いた夜
 私がついた嘘、彼が振り上げた手
 私の気持ち、彼の考え
 フルーツパフェ、銀細工のペンダント


 手元のゲーム画面には、いつの間にかブロック一列分の溝が空いていた。
私は、その溝の上に横に長いブロックを重ねた。
 蓋をするように。

 画面の下半分にぽっかりと空いた、一列の溝。
 埋めよう、消そうと思っても、次々と積み上がっていくブロックを消すのに精一杯だ。
 一列、二列消したところで、いびつに積まれたブロックの山は、ちっとも低くならない。
 それどころか、また新しい溝が出来る。
 消せないブロックが増えていく。


 ゲームオーバーが近づいてくる。


 消さなきゃ、消さなきゃ
 早く、早く

 私は、今自分がいる地面が競りあがり、頭上に残された空間がだんだんと少なくなっていくような感覚を覚えた。
 ブロックが積み上がっていく度に増える隙間に、途方に暮れる。

 早く、早く
 消さなきゃ
 ああ、違う、ここじゃない
 こんな向きじゃあ、また隙間が出来てしまう

 矢のような速さで落ちるブロック。
 天井は、もうすぐそこだ。

 消さなきゃ、消さなきゃ

 手足を自由に伸ばすことさえかなわない。
 息が詰まる。

 私は、一体何がしたかったのか。
 何が好きで、誰が好きで、何を望んでいるのか。
 今はもう分からない。

 心臓が、早鐘を打つ。
 視界がぼやけて、画面が良く見えない。

 いびつな私にとどめを刺すべく、最後のブロックが落ちてくる。

 私は、EXITボタンを押した。

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