大魔王からの招待状

<1.事件は書き留め郵便でやって来る>


 バスを降りると、聡子は手元の地図を見た。
 A4のコピー用紙に印刷された、落描きのような案内図。男が先日ファックスで送ってくれたものなのだが、書いてあるべきものが抜けていて、余計な情報ばかりがびっしりと書き込まれている。所々に星やハートまでとんでおり、既に何が何だか分からない。

 ・・・この地図で、一体どうやって来いっていうのよ。

 出演者御自ら案内図を送ってくれるのはありがたい。ファンならば卒倒するほどの幸運なのだということは、聡子もよく分かっている。けれど、あの男のやることは常に半テンポずれているのだ。

 聡子がげんなりと溜め息をついたとき、隣にいた瑞希が彼女の袖を引っ張った。
 「ねえ聡子、あれ見て行けば良いんじゃない?」
 白く柔らかそうな指が指す先には、これから聡子達が行こうとしているライブのポスターがあった。見れば、電柱や店の自動ドアに一定間隔で貼りつけられている。
 「地図も描いてあるし、これを辿っていけば着くんじゃない?」
 ポスターの隅に描かれた会場までの案内図は簡潔なものだったが、通りの名前まで書き込んであり、とても分かりやすかった。今聡子が持っている地図を見ながら行くよりも早く確実に目的地にたどり着けるだろう。
 聡子はコピー用紙を手早く畳んで鞄の中に入れると、瑞希と一緒に腰を屈めてポスターを覗き込んだ。青と白を基調にしたポスターの真ん中では、見知らぬ人たちに囲まれた男が微笑を浮かべていた。
 写真で見る彼の顔は、聡子が知っている「山田次郎」よりも心なしか大人びていて、近寄りがたい印象すら受ける。聡子は何故か落ち着かない気分になって、ポスターから視線を外した。
 「この交差点を渡るみたい。行こう、瑞希」
 太陽が傾きだしたとはいえ、外はまだ明るく、暑さも全く弱まらない。アスファルトからの照りかえしでむっとするような熱気に包まれた街の中に聡子は足を踏み出した。
 会場で待っている「彼」は、果たしてどちらの「彼」なのだろうかと考えながら。

* * * * * * * * * * * * * * *


 事の始まりは、一通の書き留め郵便だった。

 一週間前、聡子が学校から帰ってくると、台所のテーブルの上に一通の封書が置いてあった。部屋を横切る時にちらりと宛名に目をやると、自分の名前が書いてある。
 夕飯の仕度をしていた母親が、聡子に背中を向けたままでおかえり、と言った。
 「ああ、それ。今日書き留めで来たのよ」

 大学の資料にしては小さいし、ダイレクトメールが書留で来るはずがない。懸賞にでも応募していただろうか。そんな覚えはないのだけれど、と、首を傾げながら聡子が封筒を手に取ったとき、大根を切っていた母親がふと言った。

 「ねえ、山田次郎って誰?」
 「……は?」
 母親の口から出てきた思いもよらない人物の名前に、聡子は封を切る手を止めて呆けたように母親を見た。

 「それ、山田次郎って人から来てるみたいよ」
 漫画みたいな名前の子がいるのねえ、という母の笑い声につられるように、聡子は手元の封筒を裏返した。

 ……左端下に「山田次郎」の文字。決して大きくはないが、黒インクのボールペンで書かれたらしいそれは、有無を言わせぬ存在感を放っている。
 あの男、また余計な事を!

 「あんたの知り合い?」
 何かを詮索するような母の問いに、聡子はすぐさま停止していた思考を立て直した。
 「そう、そうなの!放送部の先輩で、今東京の大学に行ってるの。文化祭の時にわざわざ帰省して見に来てくれて、写真を一緒に撮ったのよ。現像できたから、私から皆に配ってくれって。わざわざ書留にしなくても良いのにねー。心配性なんだよ、あの先輩は」

 今年卒業した先輩が東京に進学したというのは本当だし、文化祭を見に来てくれて写真を撮ってくれたのも本当のことだ。けれど、先輩の名前は川下だし、デジタルカメラで撮った写真は、一ヶ月以上も前にメールで送ってもらっている。
 核心部分が嘘だらけの、まるでデタラメな話をさも本当の事のように話しながら、聡子は写真を仕分けしなきゃいけないから、と逃げるように二階への階段を駆け上った。

 聡子は自分の部屋へ入るとドアを閉め、深呼吸すると震える手で封を切った。
 「……何これ」
 出てきたのは細長い紙切れ二枚。聡子もよくお世話になる、コンビニエンスストアのロゴが印刷されている。

 『 HRIZON ライブツアー2006〜re:start〜』

 男の所属するバンドが、この夏に全国ツアーを行うことは知っていた。聡子の住む街に来ることも。見に行けたら行こうと思い、チケット売り出し当日に電話を掛けたのだが繋がる前に完売という悲しい結果に終わり、断念したのは一ヶ月も前のことだ。
 男には行くとも行かないとも言っていなかったのに、彼はチケットを送ってきた。
 同封したメモ用紙で「絶対に来ること!いなかったらすぐに分かるよ(ニヤリ)」と念押しまでして。

 聡子はふっと微笑むと、鞄から携帯電話を取り出した。
 きっと今は仕事中だろうと思いながら男の携帯に電話を掛けると、案の定、留守番電話サービスに繋がった。
 音声案内に従って、聡子はメッセージを吹き込んだ。
 穏やかな声で。ほんの少しだけはにかみながら。
 「……チケット受け取りました。ありがとう、山田」
 でもね。
「もうちょっと送り方を考えてくれると、もっと嬉しかったんだけどね!」
 せめて、事前に教えておいてくれれば心の準備ができたものを。
 あの男のやる事は、本当に心臓に悪い。
 メッセージを録音しましたという音声案内を聞くのもそこそこに、聡子は荒々しく携帯を閉じるとベッドの上に放り投げた。


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