ハナミズキ

<番外編 プラネタリウム>

 「わあ……!」
 暗幕をめくった途端に上がった瑞希の歓声に、貴之は思わず口元を緩めた。
 「足元、気をつけてな」
 そう言いながら、手元のハンドルをゆっくりと回す。すると、頭上に広がった宇宙がゆっくりと回転しだした。

 文化祭の前日、瑞希や貴之たち放送部の部員は、明日から始まる出し物の準備に余念がなかった。
 今年の放送部は、瑞希の提案で毎年恒例の校内放送の特別番組に加え、空き教室を使ったプラネタリウムと音楽の鑑賞を行うことになっていた。今年初めて挑戦するということもあり、手探り状態で進めてきたプラネタリウムの企画だったが、貴之が作った手作りの投影機は昨日無事に完成し、会場の設営も滞りなく終わった。
 あとは明日を待つのみ、という状態になったところで、貴之は暗幕を張り巡らして真っ暗にした教室の一角に部員を集めた。祭りの二日間は皆それぞれの仕事に忙しく、プラネタリウムをゆっくり見ている暇などない。だから、最終点検を兼ねて、本番よりも一足早い部員だけの鑑賞会を開いたのだ。

 「科学館のプラネタリウムみたい!」
 「先輩、こんなすごいの、どうやって作ったんですか?」
 瑞希に続いて暗幕の中に入ってきた同級生や後輩たちも、口々に驚きの声を上げる。
 矢継ぎ早に浴びせられる質問に答えながら、貴之は、ようやく暗闇に慣れた目で星空を見上げる瑞樹の方を見た。
 何かに魅入られたかのように一心に空を見る彼女に、ああ、作って良かったと思った。

 「榎本、プラネタリウムって作れる?」
 まだ寒さの残る三月の昼下がり、昼休み中の教室に貴之を訪ねてやって来た瑞希は、彼と向かい合うなり、一冊の本を差し出した。
 「これにね、プラネタリウムの作り方が載っているの。文化祭の企画に使えないかな。バックに音楽をかけるの」
 毎年同じことやるだけっていうのもつまらないでしょう、と言って瑞希は屈託のない顔で笑った。
 首を傾げた瞬間にゆれた色素の薄い髪に、日の光が反射してきらきらと光る。
 「榎本は機械いじりとか工作とか得意だよね。こういうの、作れないかな?私も手伝うから」
 「ああ……」
 面白いことを思いついたという興奮と、貴之ならなんとかしてくれるに違いないという期待に瞳を輝かせて貴之の顔を見上げる瑞樹。そんな彼女を何としても喜ばせたくなって、貴之は彼女から受け取った本を開くよりも早く「できる」と言ってしまったのだった。

 星座といえば、小学生の頃に理科で習ったオリオン座とカシオペア座くらいしか思いつかなかった貴之が、本を見ながらとはいえ、大掛かりなプラネタリウムの装置を作り上げたのはひとえに、瑞樹への想いの賜物だ。
 闇の中で、言葉もなく星を見上げる瑞希の輪郭がぼうっと浮かび上がって見える。
 暗幕の内側に敷き詰められた偽者の夜空に夢中になっているその横顔を見つめていると、突然瑞希が貴之の方を振り向いた。
 「ねえ榎本。あの……明るい星、きれいね。なんていうの?」
 そう尋ねる声に、貴之は苦笑し、暗闇の中で首を傾げた。
 「さあ……俺もよくしらない。星、詳しくないんだ」
 瑞希に言ったことは、半分だけ本当で、残りの半分は嘘だ。
 貴之は確かに星のことはよく分からないが、あの星の名前は知っている。
 本に載っている作り方に忠実に装置を完成させた貴之だったが、ただ一つ、手を加えたところがあった。
 たった一箇所、覆いに穴を開けて作った、星座表には載っていない星。
 それは、この偽物の空にきらめくどんな星よりも明るく輝いていた。
 この空にしかない、手を伸ばすこともできないほど大切で……愛しい光。
 その星の名前は、彼しか知らない。

 暗幕で囲まれた狭い空間の片隅にあるその星は、手を伸ばせば簡単に掴むことができるほどの場所にある。けれどもその距離は、今の貴之にとっては百万光年よりも遠い。
 いつか、この光に触れることができたら。その輝きが褪せることがないように、一番近くで守ることができたら。
 そう思いながら、貴之は実在しない星を見つめた。


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