大魔王の恩返し

<山田の野望>

 「あー、面白かった」
 部屋の中に流れるスリリングな雰囲気の音楽を聞きながら、聡子はうん、と背伸びをした。
 10畳ほどある広いリビングは薄暗かった。男が遮光カーテンで外の光を遮ったからだ。テレビ画面だけがぼんやりと明るく光る様子は、まるで本物の映画館のようだった。

 珍しく丸一日休みだという男の家で、聡子と男はDVD鑑賞会を開いていた。
 バイトを終えた聡子がDVDのケースを山ほど抱えて山田家を訪れたのが昨日の夜十時過ぎ。途中休憩を挟みながら、脇に積み上げた鑑賞済みのDVDのケースは五本になっていた。

 聡子が東京で一人暮らしを始めて間もなく、男はこれまで住んでいたワンルームマンションから1LDKのこの部屋に引っ越した。
 十五階建てマンションの八階。風呂とトイレは別。キッチンにはグリル付きの3口コンロが付いている。
 聡子自身は現在、大学の女子寮で暮らしているが、引越しの時に東京の家賃の相場を調べて卒倒しかけたことがある。ワンルームを借りるだけにも、地元でならば一軒家が借りられるほどの金額がかかるのだ。それを、こんな豪邸(だと聡子は思っている)に住むとは。芸能人とは、よほど儲かる職業らしい。

 「あ、もう空だ」
 聡子が持っていたスナック菓子の袋に手を突っ込みながら、男が言った。
 どうりで袋が軽いと思った。聡子は袋を畳むと、視線を動かしてゴミ箱を探した。
 「どこ行くの、聡子ちゃん」
 部屋の隅にゴミ箱を見つけて立ち上がろうとした聡子は、男に腕を引かれてよろめいた。そのまま後ろに尻餅をついた彼女を、男はすっぽりと抱き込んでしまう。
 「もう、何する……」
 「知ってた?聡子ちゃん」
 男は聡子の手から、几帳面に畳まれた空袋を取り上げると彼女の目の前で広げて見せた。

 「これ一袋一度に食べるとね、ヒトフクロウが来るんだよ」
 「はあ!?」
 背後で囁かれた言葉に、聡子は勢いよく振り返った。思い切り眉根を寄せて、男の顔を見上げる。
 そのキャラクターなら聡子もよく知っていた。CMの、「首から下は……」という言い回しが何とも意味不明で面白いと友人と笑ったからよく覚えている。
 けれどあれは、テレビの中の話だろう?

 ――こいつ、正気か?

 怪訝な顔をする聡子の髪を撫でながら、男は続けた。
 「俺ね、いつか絶対やりたい仕事があるんだ」
 「え?まさか……」
 男の口から飛び出た言葉に、聡子は嫌な予感を覚えた。
 (話の流れからすると、絶対にアレよね……。いや、でも、もしかしたら……)
 どうか自分の予想が外れますようにと心の中で祈りながら、男の次の言葉を待つ。
 男は急に大人しくなった聡子を嬉しそうに見下ろすと、急にまじめな顔になった。柄にもなく目を伏せて、躊躇いがちに口を開く。

「俺……ヒトフクロウになりたいんだ」

(やっぱりそれかぁぁぁーーーっ)

「でさ、『首から下』はチイタケオで定着してるだろう?狙うなら、『首から上』だと思うんだよね」
 男は、どこか遠くを見る目つきでうっとりと自らの「野望」について語っている。
 (確かに、一般人よりはあのCMに出る可能性も高いでしょうよ。でも、何でヒトフクロウ!?他にもいっぱいCMあるのに!じゃがりこ体操やコパン君ダンスじゃダメなわけ!?
 ……って、ああそういう次元じゃない。そもそも、ヒトフクロウといえば「首から下」でしょ!「首から下」といえばチイタケオ!山田の入る余地なんかありゃしないのよ!!「首から上」なんて、単なる「頭部をかぶり忘れた着ぐるみ」じゃない。中途半端な鳥ハウルでしょう!それじゃあ!!想像しただけでキモチワルイわ!!……ってそんな問題でもない!!)

 「聡子ちゃん、どうしたの?」
 「……なんでもない」
 もはや突っ込む気力もなくした聡子は、男の腕を払いのけることもせずにガックリと頭を垂れた。
 「ねえ山田、私、もう帰っていい?」
 「えっ……!?ちょっと待ってよ。まだDVD残ってるよ?」
 「一人で見て。返却は駅前のビデオ屋で」
 「うん分かった……いやいやいやいやそうじゃなくて!今帰るなんてないよ。だってまだ……」
 心底うんざりした口調でもう帰ると言い張る聡子と、彼女を必死で引きとめようとする男。
 とてつもなく下らない話で始まった彼らの攻防戦は、その後小一時間続いたのだった。

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