大魔王の恩返し

<ドライブ中の対決>

 黒いワンボックスカーの助手席の窓にもたれて、聡子は目の前を流れていく景色を見ていた。車は海沿いの道を郊外に向けて走っている。よく晴れた夏の日の午前中、海は日の光を反射して波まで銀色にきらめいていた。
 隣にはボタン付きのTシャツとジーンズというラフな格好をした男が上機嫌でハンドルを握っている。

 「……ちっちゃくたっていち〜にん〜ま〜え〜」

 男は日本全国のお茶の間を魅了する声で、最近お気に入りだというCMソングを歌っている。時折夢中になりすぎるのか、強弱がオーバーになるのがおかしい。開け放たれた窓から、男の気の抜けた歌声と聡子の笑い声が風に乗って後ろへ流れていった。

 信号で停車すると、男は後部座席の床面に置いてあった袋からスナック菓子の包みを取り出すと聡子に差し出した。
 「食べる?」
 「いらない」
 初めて会った時から、何度となく繰り返されてきたやり取り。聡子が食べないだろうと分かっていても、男は毎回律儀に彼女に包みを差し出して同じ言葉で尋ねる。いつもは聡子が断ると僅かに肩を竦めて袋を引っ込めるのだが、今日は少し違った。うん、分かった、と口では言うが、袋を持った手は未だに聡子の方に差し出されている。聡子は眉根を寄せて男の横顔を見上げた。

 「だから私は食べないって……」
 「知ってるよ。だから、俺が食べる」
 それでどうして自分に袋を渡すのか。聡子が不審に思っていると、男は前を向いたままにやりと笑って言った。
 「俺、運転中で手が離せないんだよね。だから、聡子ちゃんが袋開けて口に入れてよ」
 「そっ……」

 そんな事出来るかと怒鳴りかけた聡子をけん制するように、男は「だってデートだし」と涼しい口調で言う。
「運転中にお菓子の袋なんか開けてて、事故起したら大変だろう」
 大事な大事な聡子ちゃんを乗せているんだからねと片目をつむってみせる。

 普段はハンドルを握りながら片手で器用に包みを開けて飴でもガムでも口に入れる癖に。ならお菓子なんか食べるなと言いたい気持ちを聡子はぐっと堪えた。ここでジタバタすれば男の思うツボだ。
 聡子は深く深呼吸するとあらそうという顔で包みを受け取った。平静を装って袋を開け、小さな楕円形のスナック菓子を一つ親指と人差し指でつまみ出す。それを男の口元に持っていき、僅かに開かれたその隙間に放り込んだ。開けた袋からガーリックの香ばしい香りが立ちのぼり、車内に薄く広がった。

 「うまい。ありがとう聡子ちゃん。あとで、俺も食べさせてあげるからね」
 「いらないって!!」
 聡子は怒ったような口調で言うと、顔を慌てて窓の外に背けた。その顔は、髪の隙間から覗く耳まで真っ赤だ。
 「聡子ちゃん、可愛い」
男は満足そうに笑うと、ハンドルを左に切った。


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